久しぶりの遺跡外
マナに頼まれて火喰い鳥のナイフは結界の張られた住処に置いてきた。
本当に今日は一人。
好きなものを買ってきていいよ、といわれて・・・困ってしまう。
お料理の本が欲しい気もするけど・・・・アクセサリーを磨く道具も欲しい。
アクセサリーそのものは戦闘中に邪魔になるからこれ以上は要らない。
だけど・・・・レンの助さんにもらったこの腕輪も少し汚れてきてしまった。
マナの指輪と対になっているこの腕輪。
『大事にしないとダメよね。あの人の思いとマナの思いと両方が篭められているのだから・・・』
そんなことを考えていたら、私は普段は入り込まないような通りに入り込んでしまったらしい。
幸い、その通りでアクセサリー店を見つけ、目的の道具は入手できた。
アクセサリーを勧められるのを断るのが大変だったけど。
『小屋に帰ろう。』
そう思ったものの、方向がいまいちわからない。
うろうろとしているうちに変な場所に出てしまった。
(※伝授する場所の情景に指定があればあわせます)
この島に来て長いけど、こんな場所あったかしら?
人気のないこの場所・・・少し前に憶えた技を練習してみようかしら?
火喰い鳥のナイフは置いてきた。
だけど、この島は危ないからと、剣は持っていくように言われた。
崩界と呼ばれる焔剣。
この剣に力を重ねて私はいろいろな技を揮う。
「・・・・・・・ストームブリンガー」
小さく呟く。
焔剣に力が宿る。命あるものの命をすする力。
ここには命ある者がいない。
軽く力を解放する。
「・・・・・レーヴァテイン」
焔剣にまた力が宿る。
封じられた魔剣・・・ロキが鍛えたといわれるから、おそらくこれも炎剣なのだろう。
私の力になじむ技。
私は軽く剣を3度振るう。
そのたびに焔がまたたく。
私は力を解放し、また新たな力を呼ぶ。
「・・・・・・・クラウソラス」
焔剣が光を放つ。
他者を幻惑する光。私に力を与える力。逃れられない炎。
光を発して私ははじめて気がついた。
気をうまく殺しているけど・・・・誰かいる。
私は剣を軽く振るった。
光がふっと消える。
誰かわからない相手は、神の祝福もなければ、反射結界もつかっていないらしい。
剣を鞘に戻すのは躊躇われた。
私は剣を握ったまま呼びかけた。
「誰?そこに誰かいるの?」
だが、一向に宝玉は集まらない。
それどころか、迫り来る物の怪の力の前に苦戦することばかり。
普通であれば、自らの力を上回る物の怪たちを賞賛するべきなのだろう。
しかし、拙者の力のほとんどを失った後では、そう素直に思えるはずもない。
聞けば、同じように力を失った者がいるらしい。
だが、力を失わなかった者がいることも確かだ。
わかっているのは、この島に訪れる前に力を持っていた者は一律、力を失ったということだ。
全ての者が同じ土俵で宝玉を探すという意味では公平なのだろうが、人生は遊戯ではない。
かといって、元の力を取り戻す術を知らぬ以上、できるだけ早期に宝玉探索に耐えるための力を得なければならない。
必死で訓練を続ける日々。
その甲斐もあってか、元通りとは言えないが、それなりに力が戻って来つつあるのを感じている。
ただ、基礎的な力は以前と比べて及ぶべくもない。
「フゥ……」
思わず、ため息をつく。
この島について以来、何度目のため息だろう。
ため息をつく度に思い知らされるのが、拙者の能力がどれほど精神的な支柱になっていたのか……。
積み上げてきた能力を失ってしまえば、それはもう自分ではない。
ならば、拙者は何者なのだろうか?
抜け殻だろうか?
出涸らしと言った方が近いのか?
少なくとも島に来るまでの拙者ではない。
取り戻しつつある能力も厚み以上に、質も違っていることを漠然とながら感じていた。
陰鬱となる気持ちを振り払う。
久しぶりの遺跡外だというのに身体を休めることもなく、拙者は今日もひとり、島はずれの荒野で戦闘訓練に励んでいた。
訓練しているときだけが唯一、拙者が拙者であると感じられるからだ。
「永久の祝福(エターナルブレッシング)!」
拙者の身体が優しい光に包まれていく……。
この不思議な技は、この島に訪れて訓練を続けるうちに脳裏に閃いた技である。
この島に訪れるまでの拙者では思いも付かなかった技である。
他にも多数、このような技があり、拙者自身変移していることを感じるのだが、この技はその中でも特別である。
見えない何かが拙者を励ましているような、そんな錯覚を覚える。
そして何より心地がいい。
しかし、残念だが、それだけである……。
強い力が手に入った。
そのことは直感でわかるのだが、拙者が求めるモノと全く方向性が異なるのであれば……。
「フゥ……」
今日、何度目かのため息をついた、その時である。
遙か遠くに見えていた少女が何やら念じると、異質な強い波動が辺りを飲み込んでいく……。
その刹那、拙者の身体を優しく包んでいた力が突如、業火へと変貌し拙者に牙をむいたのだ!
身につけた篠懸が激しく燃えさかる。
このままでは、焼け死んでしまう。
拙者は襟首にあった糸の結び目を引きちぎる。
すると燃えさかっていた篠懸は、まるで折り紙にはさみを入れたかのように離散し、焼け落ちた。
忍者の着物は1本の糸で縫われていて、その糸を抜くことで一瞬でばらせるのだ。
前にも、この作りのおかげで助かったことがある。
「まさか、再びこのような状況になるとは……」
焼け落ちた篠懸に残った火を足で消しながら、昔を思い出す。
あの頃は、自信にも溢れていた、と……。
一瞬の間の後、首を振り、我に返る。
今は黄昏れている場合ではない。
再び、少女を見やる。
どうやら、少女は拙者を狙ったのではないのだろう。
こちらに気づいてすら、いないようだった。
少女の持つ剣が突然、勢いよく炎を立てる。
どうやら、少女がしようとしていたのは、剣に炎をまとわせることだったようだ。
「何かと思えば、人騒がせな……」
少女も訓練か何かで、ここに訪れたのだろう。
拙者は邪魔にならないように立ち去ろうとした。
その時、少女の力が先ほどよりも増しているように感じた。
……いや、確かに力が増している。
忍びとしての力は全て失っても、相手の力を見極める力を失わなかったのは、不幸中の幸いであった。
「……あの技さえあれば、拙者はこの自らが制御できない力を使いこなすことができるかもしれぬ!」
拙者は思わずつぶやいていた。
別に剣に炎をまといたいわけではない。
拙者が欲したのは、全てを力に変えてしまう、あの不思議な波動……。
「……!?」
少女が辺りを見回し始めた。
拙者の姿は見えぬとも、気配は感じ取れたのであろう。
「ご心配なさるな。妖しい者ではありませぬ」
拙者は少女からも見えるであろう距離まで近寄ると、そう声をかけた。
少女は強ばった表情で剣を構え、こちらを見ている。明らかに怪しんでいる。
ああは言っても警戒されるのはいつものこと。
このような仮面を付けた男がいきなり現れれば妖しく見えるのは致し方ない。
そろそろ、本気で仮面を外すことも考えよう……そんなことを考えていた時、
「誰なの、あなた……?」
「拙者、天埜邪鬼と申します。貴殿が先ほど使った技に少々興味がありまして参上しました」
「さっきの技……?」
「その剣に炎を点した技のことです」
「クラウソラスね」
「ほぅ、クラウソラスという技でしたか。少々ぶしつけなお願いで申し訳ありませぬが、拙者にその技を教えていただけませぬでしょうか?」
拙者は頭をさげる。
拙者の意図がわかったからだろう、少女は構えていた剣をさげてはくれた。
だが、帰ってきた言葉は……
「お断りします。見ず知らずの人に、この技を教えるなんて・・・・私にはできません」
想像はしていたが、実際に耳にすると落胆する答えだ。
だが、96隊なる敵と遭遇し、物の怪のみならず、多くの者が行く手に立ちふさがる現実を知った今となっては、ここであの技を教えてもらわなければ拙者に未来はない。
千載一遇のこの機会、なんとしてでも逃してはならない。
もう後悔はしたくないのだ……。
「そこを何とか! 教えていただけるのであれば、拙者、何でもする所存です!」
思わず、額を地面にこすりつけていた。
自らの過ごした600年を振り返っても、このようなこと、一度たりともしたことはない。
しかし、この時ばかりは、身体が自然と動いた。
何度も、何度も、まるで神仏を拝むかのように額を地面にこすりつけ頼み込む。
拙者にできることはここまで。
あとは少女の判断にゆだねるしかない……。
「ご心配なさるな。妖しい者ではありませぬ」
未だ気配すら掴ませぬ妖しい者が声をかけてくる。
声のした方向を振り返って驚く。
近い。
こんなに近くに来るまで気づかなかったなんて。
おまけに・・・・・この男には先ほど放ったクラウソラスの炎の残滓がまとわりついている。
クラウソラスが発動していた?その気配すら私には感じ取れなかったというのに?
仮面を被り、自らを秘する・・・・容易ならざるもの。
私は不安をかき消すかのように仮面の男に剣を向ける。
「誰なの。貴方……?」
自分でも声がこわばっているのがわかる。
「拙者、天埜邪鬼と申します。貴殿が先ほど使った技に少々興味がありまして参上しました」
あまのじゃきと名乗るこの男はどうやら先ほど揮ったクラウソラスに興味を持ったらしい。
ぬけぬけと・・・私に技を教えて欲しいなどと。・・・・よりにもよってあの技を。
クラウソラス。
私は知っている。・・・・マナがこの技を得るためにどれほどの犠牲を払ったか。
あの日、マナは自分の体の一部を引き裂く思いをして、装備に新たな息吹を吹き込む術を身につけた。
そして、その同じ日に・・・マナは彼女たちに見つかり・・・そして狩られた。
私はあの日のことを忘れたことなどない。
狩られ、荷物の一部を奪われたマナの体を燃やしつくし、魂を封じ・・・・・
この男に何がわかる?
私とマナが払ったあまりにも大きすぎる代償をこの男は知っているとでもいうのか?
闇の翼の皆も、マナが封じられ私に変わることで、腕の良い剣士を失くした。
皆にどれほどの迷惑をかけたことか。
目が熱くなる。体も熱くなる。
私は目の前の男を本気で消し炭に変えてしまいたいと思い、そして・・・その思いを必死で抑えこんだ。
そんなことをしてもあの日に戻れるわけではないのだから。
私は力なく剣を下ろした。これ以上剣に力を込めて何になる?
「お断りします。見ず知らずの方に、この技を教えるなんて・・・・私にはできません」
立ち去って欲しい。私を一人にして欲しい。
泣きたかった。マナのいないところで思いっきり泣きたかった。
一人にして欲しかった・・・・
なのに・・目の前には何度も何度も地面に頭を擦り付ける男が一人。
私が怒っているとでも思ったのだろうか?男はひたすら請い願う。
私はただ一人になりたかっただけなのに。
そのうち、ふと目の前の男に興味がわいた。
この男・・・ひたすら請い願うのに・・・この技を憶えたい理由を一言も口にしない。
普通、力を追い求めるものは何かを成し遂げたいと願う者。
だが、ごくごくまれに成し遂げたいことは何も無いのに、力を強く望む者がいる。
目的なく力を求める者は、ひたすら「己」を欲する者。
砂漠を彷徨い、一滴の水を捜し求めるかのように、必死で己を探求する者。
己の限界を見定め、それでもまだ足りず、永遠の飢えと闘うかのように探求する者がいる。
この男は、何をこれほど望んでいるのだろう?
ただひたすらに技を求め、力を求めた先に、この男は何を得ると言うのだろうか?
「いいでしょう。クラウソラスを貴方に教えます。」
男は顔を上げると信じられぬという顔をしていた。
「ただし条件が二つだけあります。」
この技を得るために多くを失うと共に、仲間にも多くの迷惑をかけてしまった。
だから、私の仲間が望む物を何か一つ譲っていただくこと。それが第一の条件だった。
そして、もう一つ。
「私の名を訊かないこと。これが条件です。」
クラウソラス
それは神の武器。炎剣の名前。
人によって力の引き出し方は違うのかもしれないけど、霊剣の力をこの地に顕現させることに変わりはない。
「私の場合、クラウソラスの火の力を剣に一度宿らせます。それから剣を薙ぐことで力を顕現します。
ゆっくりと火の力を呼び出しますので見ていてください。」
目を瞑って名を呼ぶ。 クラウソラス・・・・クラウソラス・・・・
何度も名を呼ぶことで炎剣の力が崩界に宿る。
私はゆっくりと目を開ける。
手にした崩界がゆらりとした焔を纏っているのがわかる。
「見えますか?この焔が。」
見えてもらわなければ困る。
この男は、「その剣に炎を点した技」と言った。
見えるはずだ。見えていなくとも感じているはずだ。
「武具に力を付加する能力者であれば、炎剣の力を宿らせる武器は何でもよいはずです。
ですが、貴方にはその素養が見られません。
いきなり杖や短刀に炎剣の力を保持するのは難しいでしょうから、最初は剣を使われるのがよいでしょう。
剣を抜いて下さい。私が呼んだクラウソラスの力を貴方の剣に移し変えます。」
錫杖を手にした仮面の男は杖以外に短剣と剣まで持っていたのは好都合だった。
そうでなければ崩界を手渡さなければならなかっただろう。
男の抜いた剣先に崩界の剣先をそっと触れさせる。
あとは力を移し変えるだけ。
だが、炎剣の力は男の剣に移るとそのまま虚空へと消えていった。
「炎を拒否しないで。受け入れて。」
最初は炎剣の力を剣の上に保持するところから。
次いで、自らの力で炎剣の力を呼び出せるようにならなければならない。
さらに炎剣の力を自らの力へと変え、外へと揮わなければならない。
おまけにこの男の場合、杖の上にも炎剣の力を呼び出せるようにならないといけないのだ。
最初の段階でこれでは困る。
確かに普通の者は炎から逃れようとするだろう。だが、炎から逃れる者にこの技は会得できない。
素養のない者に技を教えるには、まず炎に慣れてもらわなければならないようだ。
私は剣を鞘に収め、男にも剣を鞘に収めさせ、
「エターナルフレイム」
炎の力を呼び、微笑みながら、正面に立つと男の両頬をそっと両手で包んだ。
途端に仮面の男は炎に包まれた。
とっさに逃れようとする男を静かに一喝する。
「この程度の炎に耐えられないのなら、修得することはあきらめなさい。」
少女の言葉に拙者は色めき立った。
だが、すぐに冷や水がかけられる。
「ただし条件が二つだけあります。」
条件……許可をいただいたとしても、もちろん要求されるであろう事は予想していた。
だが、二つとは考えていなかった。
片方だけでは意味がない。
叶えられる条件ならばよいのだが……
少女の条件の1つめは、少女の仲間が望む物を何か一つ譲ると言うことであった。
これには異論はない。
当然、対価は考えていた。
そして、少女の条件の2つめは……
「私の名を訊かないこと。これが条件です。」
少々、呆気ない要求だったので、胸をなで下ろすと言うよりも、肩すかしを食らったような感覚だった。
だが、こちらとしては、そのような些末なことなど気にならない。
まだ忍びを生業としていた時は、匿名の依頼が多かった。ふと、そんなことを思い出す。
だが、今回は立場は逆だ。こちらが頼み込んでいるのだから。
少女はまず、クラウソラスの意味を教えてくれた。
遠い異国の神が振るったという武器であり、炎剣の名前。
拙者の郷では刀に細工をすることは稀である。
細工をしたとしても柄、もしくは鞘への装飾がせいぜい関の山であるが、所変われば品も変わるのだろう。
「私の場合、クラウソラスの火の力を剣に一度宿らせます。それから剣を薙ぐことで力を顕現します。
ゆっくりと火の力を呼び出しますので見ていてください。」
少女は目を閉じ、呪文を唱え始めると突然、少女の剣に炎が灯った。
「見えますか? この焔が」
少女の問いかけに拙者はうなずく。
「武具に力を付加する能力者であれば、炎剣の力を宿らせる武器は何でもよいはずです。
ですが、貴方にはその素養が見られません。
いきなり杖や短刀に炎剣の力を保持するのは難しいでしょうから、最初は剣を使われるのがよいでしょう。
剣を抜いて下さい。私が呼んだクラウソラスの力を貴方の剣に移し変えます」
拙者の刀に炎を移す!?
正直、意味がわからない。
今、拙者が使っている刀は水晶で出来ている。
当然、燃えるはずはない。
にもかかわらず、刀身に炎を移すという。
半信半疑なれど、今は少女の言うことに、ただ黙って従うのみである。
拙者の抜いた刀に少女の剣先がそっと触れる。
少女は何やら唱えている。
だが、拙者の刀に変化はない。
「炎を拒否しないで。受け入れて」
受け入れろと言われても、困ってしまう……。
やはり、半信半疑なのが良くないのであろうか?
少女はため息をつき、拙者に剣を納めるように指示する。
拙者は言われたとおり、剣を納めたその瞬間、
「エターナルフレイム」
少女がそう言うと突如、宙に現れた炎が舞い踊る。
少女は炎をまるで生き物のように操り、唖然としていた拙者の両頬に両手を当てる。
すると、拙者の身体が激しい炎に包まれる。
拙者は飛び上がらんばかりに驚く。
技を教えていただこうとしただけで焼き殺されそうになっているのだ。
少女が最初から意図したモノなのか、乱心なのか!? それとも……
このままでは焼け死ぬ、そう咄嗟に判断した拙者は、再び衣服をバラして逃げようとした、その時である。
「この程度の炎に耐えられないのなら、修得することはあきらめなさい」
少女の真剣な表情から、この異常な行為を超えねば技の取得が不可能だと悟る。
とはいえ、心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、本当に火の中にいては、たまったものではない。
拙者の肉が焼ける匂いがする。
そのツンとした嫌な匂いと肉の縮む感覚の中、不謹慎にも昔のことが思い出される。
ああ……昔にも一度こんな事があった……。
まだ挫折を知らず、己の欲望に向かって突っ走っていた頃のこと。
あの日、拙者の野望と拙者の自尊心は焼きつくされた。
それ以来、炎はあまり好きではない。
「集中して。炎を受け入れるの」
少女が拙者へ檄を飛ばす。
拙者は死ぬ気で集中した。
正確には無心となった。
拙者にはわからぬ感覚ゆえ、どうしても心に乱れが出る。
それならば、いっそのこと死ぬつもりで無心になった方がいいのかも知れない。
どうせ、死ねない身体なのだから……。
拙者はどっかりと、その場に座り込み、座禅を組む。
熱さと痛みが拙者を襲う。
死なぬ身体を持っているとはいえ、感覚はある。苦しい。
だが、これしきで根を上げては、ヤツに笑われる。
拙者は必死で無心たろうとした……。
「今よ!」
少女の声が聞こえると同時に、拙者は立ち上がる。
己の身体に何か熱いものが流れ込んでくるのを感じる。
拙者を包んでいた炎は一瞬のうちに消えていた。
しかし……苦しい。
先ほどの外商的な苦しみとは違う。
身体中が内側から張り裂けそうな、そんな感覚だ。
先ほどのような熱さと痛みには耐えられても、この未知の痛みには到底、耐えられそうになかった。
苦しくて、苦しくて、胸を掻きむしる。
「貴方には、その力を身体に止めておくことは出来ない。
イメージしてみて。その力が貴方の持つ剣に焔として点る姿を」
拙者は苦しみに耐えながら、剣を抜く。
先ほどの少女が剣に炎を点したように……。
身体中を何かが蛇のようにうねるような気持ちの悪い感覚。
そのうねりは胸から腕へ、そして腕から――
拙者の刀に炎が点った。
もう先ほどのうねりは感じない。
それどころか、力が満ちあふれているような、そんな感じさえ覚える。
「これがクラウソラス……!?」
赤々と燃え上がる刀を見ながら、拙者は言いようのない興奮を感じていた。
まさか・・・・・火の素養をもたない者がこんなにあっさりと剣に炎を集めることが出来るとは・・・
「これがクラウソラス……!?」
驚愕する男。
それ以上に驚愕する私。
私にすら気配を感じさせなかったこの男は一体いままでどんな生を歩んできたというのだろうか。
「クラウソラス…」
呟く男には申し訳ないが、まだ違う。
この男が集めたのは私が呼んだ炎。
クラウソラスの力はもっと強い。
しかし・・・
剣にまとわりつく炎と今の声がきっと呼んだのだろう。
クラウソラスの波動をほんのわずかだが感じる。
「もう一度クラウソラスの名を呼んでください。」
興奮した男はクラウソラス…クラウソラス…と何度も名を呼ぶ。
招く者がいて、媒体がいて、これでもなお誇り高い炎剣の力は完全に舞い降りようとしない。
私はもう一度自分の剣を抜く。
「クラウソラス」
舞い降りた力を男の剣に注ぎ込む。
『この男は炎を受け入れた。貴方を揮うだけの能力を身につけている。認めなさい。』
私の意を受けて火の勢いが少し増す。
炎剣が抵抗しているのがわかる。
クラウソラスの力が男の剣を伝って、男に襲い掛かろうとする。
何度も飛び散る火の粉。男の剣の上で舞い上がる炎。
だが、炎を御することを憶えた男は苦労しながらもその炎をそのまま剣へと押しとどめる。
男の剣に灯る炎が少しずつ暴れるのをやめ・・・
剣に淡い炎と力のみが残ったときクラウソラスが完成した。
「その力を憶えておいて。それがクラウソラス。誇り高い炎剣は今貴方を認めました。」
炎剣との契約の成立。
力を押さえ込んだ男の力量を認めたのだろう。
炎剣は男の『剣』に舞い降りることを承諾した。
あとは力を放つこと。
そして「杖」にも力を舞い降りさせること。
さて・・・この誇り高い炎剣にこの男の力を認めさせるにはどうしたものか・・・・。
私の選んだ答え。
クラウソラスに食わせれば良い。上質なとびっきりの餌を。
この男に力を貸すことがとても美味しいことなのだとわからせてやれば良い。
あとはこの男次第。
この男が常に上質な餌を用意出来るなら、クラウソラスは喜んで杖の上にも舞い降りるだろう。
「神満つる剣よ。私に祝福を」
崩界と呼ばれる剣が神の力を呼び込む。神の祝福の光が私を包む。
「ブレス」
さらに注がれる神の息吹
「サンクチュエリ」
私の周りに築かれる反射障壁と障壁内を満たす神々の祝福。
私のほうはこんなものでよいだろうか・・・
「クラウソラスに貴方を認めさせます。クラウソラスの好むものを用意して下さい。」
クラウソラスが何を好むのか・・・・それはあえて口にしない。
これが最後の試練。
この男が正しく力を認識していればクラウソラスはこの男を認めるだろう。
認めさえすれば杖に降りることもやぶさかではあるまい。
男に与えられたヒントは今の私の姿のみ。
これ以上教えてしまうと、炎剣はこの男の力を認めまい。
あとは・・・・男が何をするか・・・で決まる。
「私が教えられるのはここまでです。
私が完全に立ち去る前にクラウソラスの好むものを用意し、
・・・・・・クラウソラスの名を呼び、その力を解き放ちなさい。」
呆然とする男に背を向け、私はゆっくりと歩き始める。
数瞬の後、衝撃と共に私は微笑み・・・「見事」と小声で呟くことになる・・・・
少女の表情は別のモノを見ているようだった。
これはクラウソラスではなかったのか?
拙者に疑心が生まれる。
だが先ほどの力が今までにない感覚であることは確かだ。
今は無心でやるしかない。
「クラウソラス!」
気合いを込めて叫ぶ。
……だが、変化はない。
じっとりと汗ばむのを感じる。
あれだけの思いをしたにも関わらず、技を会得してはいなかったのだろうか……。
焦る気持ちが、行動に出る。
「クラウソラス! クラウソラス!」
しかし、一向に変化はない。
失敗だ……拙者は技を会得できなかった……。
思わず落胆の表情が顔に出る。
仮面を被っていても目から読み取れたのであろう、少女は再び剣を抜く。
「クラウソラス」
少女の剣に炎が点る。
造作なく技を使いこなす少女の姿を見て、自らの不甲斐なさを痛感する。
少女が剣が拙者の刀に触れる。
その瞬間、刀の炎が暴れるように激しく燃えさかる。
その勢いはすさまじく、このままでは刀の炎を制することはできない。
先ほどの感覚を思い出すように、必死で炎を抑えこもうと試みる。
一度できたのだ。2度できぬ道理はない。
拙者は精神を集中させる。
すると激しい炎が少しずつ刀と同化していき……
ついには刀に淡い炎と力のみが残ったのだ。
「その力を憶えておいて。それがクラウソラス。誇り高い炎剣は今貴方を認めました。」
これがクラウソラス!? これが炎の力を封じた神剣!?
拙者は喜びに打ち震えていた。
目標に近づいたからではない。
苦心の末、技を会得できたという、ただそれだけの青臭い思いからだった。
「神満つる剣よ。私に祝福を。ブレス」
少女はそう唱えると、清らかな光に包まれる。
「サンクチュエリ」
今度は少女の身体を包み込むような障壁の力を感じた。
何をするというのだろうか?
「クラウソラスに貴方を認めさせます。クラウソラスの好むものを用意して下さい。」
クラウソラスの好むもの?
「私が教えられるのはここまでです。
私が完全に立ち去る前にクラウソラスの好むものを用意し、
・・・・・・クラウソラスの名を呼び、その力を解き放ちなさい。」
少女はそう言い残し、そのままゆっくりと去って行った。
技が何かを求めるとでも言うのだろうか……? いや、この場合は炎剣のことだろう。
炎剣……つまりは神の炎。
それが望むものと言えば、それは答えは大昔から決まっている。
しかし、今の自分にそのような猛しき心など……
――貴方様には平穏は似合いません。
――どこまでも抗い続けてください。
脳裏に浮かぶ、懐かしき声。
……ああ、そうだった。お前とはそう約束したのだったな。
わかった。俺も覚悟を決める。仮初めの平穏など迷いと共に炎にくれてやろう。
今こそ俺は……お前が示してくれた邪鬼となる!
「永久の祝福!」
身体が優しい光に包まれていく……。
「クラウソラス!」
優しい光は突如として、激しく燃え上がる。
「好きなだけ食うがいい! その代わりに俺に力を貸せ、これからは俺が貴様を飼ってやる!」
炎が一瞬、躊躇したような気がする。
だが、俺には関係ない。
例え相手が誰であろうと、戦って、戦って、戦い抜く!
俺には冥府魔道を進むしかないのだから……。
「うぉぉおおおおおおお…………!!!!」
燃えさかる炎を自らの身体に吸い込んでいく。
全ての炎を吸い込み、カッと目を見開く。
その瞬間、強い波動が身体の中から津波のようにわき起こる。
波動が収まった時、刀には少女が見せた炎剣の力が宿っていた……。
「うぉぉおおおおおおお…………!!!!」
背後から聞こえる声。
何かを渇望し、欲するものだけが発する声。
そして・・・・
「くっ!!!」
反射障壁が燃え上がる。
障壁内を満たしていた神々の息吹も業火へとその姿を変える。
私の体を蝕む焔。これはクラウソラスの焔だ。
「見事」
覚悟はしていたとはいえ・・・・受けるのは辛い力だ。
燃え上がる私の体。
焔になびく私の髪。
両腕で自分の体を支えるかのように抱きしめ、思わず天を仰ぎ見る。
異質な焔に包まれながらも炎上する私の体はダメージを受けるたびに力を増す。
気焔万丈・・・・私の持つ力は体が炎上するたびにその力を増す。
そして、力が増したことで感じ取る男の気。
・・・何かが変わっている?感じるのは違和感。
あの男は一体何者なのだろう?
先ほどまでとは違う。
何かが目覚めた。
私が起こしてしまった。
戻って様子を確かめるべきか、それとも・・・・
私はしばし逡巡する。
そういえば報酬の素材ももらっていなかった。
あれはハーカさんにあげる予定のものなのに。
あの男が危険かどうかはわからない。
あの男のところに行って、あとをつけられたら?
マナのところに誘導する気にはなれなかったが、このままでは、きっと、あの男は私を探すだろう。
それは困る。
ふと、思い出したのは、もう一つの小屋
マナが湖のほとりに居を構えると決める前にもう一箇所悩んだ場所があった。
小さな小屋で、市場に近いので便利なのだが、とても辿り着きにくい場所。
よほど身の軽い者ではないと辿り着けないような崖の上にその小屋はあった。
マナは確かあの小屋をいつか使うかもしれないからと確保していたはず。
身軽そうな男。
あの男ならあの小屋に苦もなく辿り着けるだろう。
私は小屋の場所を紙にしたためて、その場所に残した。
その場を立ち去り、戻る先は崖の上の小屋。
マナは心配するかもしれないけど、あの男をマナのところへは連れて行けないから。
私は畏れていた。
あの男の変化が何をもたらすのかを畏れていた。
良いことなのか、悪いことなのか・・・・変化があったことだけは事実。
私はこの地に顕現して以来、はじめてマナと離れて休んだ。
寂しくて、心細くて・・・・
そして、夢を見た。不思議な夢を。
翌朝・・・・・小屋の扉をあけたとき、扉に何かが当たる。
そこに置かれていたものは1個のアルミ缶とそして1枚のメモ
メモに書かれていた言葉は・・・・・・・・
島を訪れるまでとは全く違う、異質で不思議な力だ。
新たな力が全身にみなぎり、長い年月で錆び付いて動かなくなった身体が、驚くほどうずく。
それと共に絶望し、諦観しきった魂が再び燃えあがるのを感じる。
俺は両の手を見つめる。
掌には熱い血潮が流れている。
「……あの頃、俺に迷いなどなかった」
自らの目的のために、がむしゃらになれた。
なのに、この数百年、俺は何をしていたのだろうか……。
自らの境遇に悲観し、甘えていただけだった。
俺は気づかないうちに、自らの心の闇に取り憑かれたのだろう。
俺を残し、逝った者は皆、俺に変わらないで欲しいと願ったにも関わらず……。
俺の望み……それは自らを入滅せしめること。
それを彼らがどう思うかはわからない。
ただ、生きるにしろ、死ぬにしろ、俺らしく突き進むのみ。
結論はその時までに決めればよいし、そうでなければならない。
今の俺は1人で行動しているわけではないのだから……。
宿に戻り身体を休めていた俺は、一番鶏も鳴かぬうちに起き出す。
恩人である少女との約束通り、幾ばくかの礼品と感謝の手紙を送るためだ……
だが、生来の無学と筆無精が祟ったのか、良い文面にはならない。
そうこうしているうちに一番鶏が鳴いた。
すぐに辺りが明るくなるだろう。
業を煮やした俺は、苦肉の策として一編の詩を送ることにした。
我實幽居士
無復東西縁
物新人惟舊
弱亳多所宣
情通萬里外
形跡滯江山
君其愛體素
來會在何年
俺は手紙と礼品を持ち、外へ出る。
まだ日は昇っていない。
明るいうちは賑やかな市場も、ひっそりと静まっている。
少女の泊まっている小屋を確認すると、扉の前に手紙を置き、その上に礼品を重ねる。
本来は逆でなければ失礼に当たるかも知れないが、風で飛ばされては元も子もない。
家路につく時、ふと考える。
異国の詩人が晩年に詠んだこの詩の意味をわかってもらえるだろうか、と。
しばらく考えた後、俺は大きく首を振った。
わかってもらえずともよいのだ。
俺が感謝する心を持ちあわせていれば、それでいいのだから……。
「……今度の道程は遂に3階か。楽しみだな」
朝焼けで真っ赤に染まる空に、決意を新たにするのだった。